特別展「お墓の話-古代の人のあの世へのお見送り方-」
“「生」あるものには必ず「死」がある。”それはこの世に命が誕生してから全てのものに共通する普遍の真理です。 そして私たちはいつか訪れる「死」に向かって生きているとも言えます。しかしその様な普遍的な「死」に対して、人間の生きる時代・場所の違いで考え方が大きく変化していきます。 お墓はその移り変わりの中でも最も結びつきが強い対象とも言えるでしょう。
平成27年度の特別展では、お墓の歴史を旧石器・縄文時代まで遡るところから、今どきの葬送事情まで、人間のもつ死生観のあり方を考えました。
企画展「生駒山が見た昔のくらし-おこめづくりの道具たち-」
明治22年(1889)、町村制の施行により、現在の生駒市域には、北倭村・ 北生駒村・南生駒村が成立しました。当時の3村は、北倭村の伝統産業で ある茶筌の製造、北生駒村で行われた生駒氷の製造販売、生駒山で行われ た生駒石の切り出しなどを特色としながらも、稲作を重要な生業とする、典型的な農村地域でした。
生駒の性格が大きく変化しだしたのは、大正3年(1914)に生駒トンネルが開通してからです。これにより、大阪上本町と奈良の間が汽車で結ばれ、インフラが整っていくと、生駒駅の開設とともに大阪のベッ トタウンとしての性格を持ち、大きく発展・都市化していきます。これにより、現在の生駒市域の有していた伝統的な農村としての光景・性格は徐々に姿を消していきました。
平成27年度企画展では、その過渡期といえる明治から昭和までの農具を中心に、 生駒市の稲作文化を考え、また生駒山の西麓に当たる河内地域の道具と合わせてみることで、生駒市域の特徴を探りました。